ニコニコ動画のマイリスト登録を動画視聴ページ内で完結できる拡張機能 Nico Mylist Add Contener

chrome.google.com

ニコニコ動画はマイリスト登録のときに別タブに左遷させるのをやめろ

これに尽きる

概要

ニコニコ動画の動画視聴ページから画面左遷をすることなく、マイリスト登録ができます。もちろんマイリストコメントつき

f:id:naari_3:20170630231345p:plain

f:id:naari_3:20170630231429p:plain

flash版は対応が雑です。ページの作りがよくわからなかったからです。

chrome.google.com

経緯

人間だったら一度はマイリスト登録したい時ってあるとおもうんですけど、ニコニコ動画のマイリスト登録というのは、別タブや別ウィンドウに飛ばされて、その先で登録する場所、登録時コメントを入力することになります。

この飛ばされた先の画面って全く情報がなく、一つのセレクトボックス、一つのテキストエリア、二つのボタンだけで出来ているんですが、わざわざ別ページとして設ける必要があるのか?と常々疑問に思っておりました。

さて、ニコニコ動画なのですが、例えば http://www.nicovideo.jp/my/mylist を開いた際に、ソースコード内に NicoAPI.token とかいうのが記述されています。

これは本当にそのままで、ニコニコ動画の各種アクションを行う際に必要なものになっているようです。(公式にはなんの記述もされてないです)

もちろんのこと、マイリスト関連の操作(e.g. http://www.nicovideo.jp/api/mylist/add)もできるわけなので、僕らで何かを設けてあげれば、それはもう自由自在にマイリスト登録ができるのではないかと考えました。

それで作ったのがこの拡張機能です。

実装

jQueryでDOMをゴリゴリと追加しているだけです。

今日のドワンゴエンジニアのハッカソンで色々手直ししようと思っていたのですが、本当に読みづらいコードになってしまっており、とても暫定的な雑な手段で一番気になっていた変な挙動を修正しました。

というエピソードができたくらいとても雑で、時間とモチベがあるなら1から書き直したいくらいです。

一つの完結した機能を持ったものなので、Vue.jsとか使ってゴリゴリさせたいという気分があるのですが、如何せん詳しくないので知見を溜めつつ実装したいなと思います。

あとはcookieを取得するという動作はbackgroundを使わないと実現できない(語弊ありそう)らしいので、sendMessageとaddListenerでうまくcookieをフロントに渡すようにしています。よくできた機構だなあと思います。

Contenerというのは自分が英語に弱いことが原因で発生したtypoです。

なんで今公開したのか

実はこのコードですが、去年のクリスマスイブに一気に書き上げたもので、chromeのstoreには公開していませんでした。

今回、ドワンゴエンジニアのハッカソンがあると聞いて、黙々と趣味プログラミングができるのであれば何か公開できるものがいいなと考えた所、まだ公開していないこの拡張機能があったので、先程言及したバグ取りをした後に手書きアイコン*1を追加して公開することで、ハッカソンの成果とすることにしました。

実質3行の修正とアイコン*2を描いたくらいの変更なので、時間が余ってしまいましたが、その部分は別のスクリプトを書くことで時間の消費をしていました。

理由はどうであれ、個人的にとても好きで、いつも使っている拡張機能なので、公開まで踏み切れて少し嬉しいです。

もしよければ使ってください。

chrome.google.com

また、OSSなので勿論PRも受け付けています。汚いコードが好きな方は見てみると良いかと思います。そのうちガラッと一新するので汚いのも今のうちだけですよ

github.com

ほんとにつかいやすいので是非

chrome.google.com

*1:f:id:naari_3:20170630233316p:plain

*2:f:id:naari_3:20170630233316p:plain

全部の学生生活を振り返る

この記事に関してですが、おそらく消したほうが良いなと言う判断を下してそのうち非公開にすると思います。

学生じゃなくなったんだな

いつの間にか自分が学生ではなくなっていました。

なんというか、高校二年生まで本当に大学に行くつもりだったので、急なショートカットをした気分です。

この間も高校三年間が終わったなみたいな事を書いたと思うのですが、実際に会社に通うようになってからようやく学生じゃなくなったということに気づきました。

昔通っていた高校の同級生は大半が進学したようで、「 ○○大学合格した!」みたいな書き込みがタイムラインを過ぎる期間もありました。

自分は本当の意味では学業から離れたということになるんですかね、なんというかよくわからない感覚です。

全学生生活を総括してみる

これまでときっぱり決別するためにも、振り返り、どういう道を辿るとこういうルートになるのか、自分でも考えてみます。

幼稚園生

学生とは違うかもしれないけども一応

宮崎で生まれ、物心付いた頃には岐阜で暮らしていました。

3歳?4歳?から幼稚園に通うようになったらしいです。

勿論他の園児達と共に外で遊ぶわけなんですが、自分が日陰で遊ぶようことを覚えたのは大体幼稚園の年中くらいからです。

年中の頃に親からゲームというものを教えてもらいました。今思うと、これが全部の始まりだったのかもしれないです。

親に教えてもらったゲームは

です。

覚えていることといえば、上記のゲームを苦労してクリアしたこと、クロノトリガーは漢字が読めなかったこと、加えて同い年の子に外遊びに誘われたけどゲームを選択、軽く嫌われたということくらいです。

あと水泳をはじめました。

小学生

低学年

小学一年生になる頃には、GCのゲームで遊んだり、親が買ってきたPS2太鼓の達人のディスクを傷だらけにしたり、ゲームに触れる機会が更に多くなっていました。

そして、この頃にパソコンという存在を知ってしまいました。

そのパソコンの状態なのですが、

  • FDDの蓋が開かない
  • CDドライブは回らない
  • GAMEPACK2000のうち大半動かない

ような、当時としても年代モノのような機体でした。

親がパソコンに詳しくなく、ただのゲーム機として使っているような印象でした。

自分はエアホッケー、ポムポムプリンのゲーム、ブロック崩しをよくやっていたと思います。

中学年

小学二年生か三年生の頃、僕はインターネットの概念を覚えます。

最初はケータイでポケモンのコンテンツが見れる!という名目で、勝手に親のケータイを使ってネットサーフィンをしていました。
結果、よくパケ死をして親に怒られるといったことを懲りずに何回も繰り返していた覚えがあります。

また、ただのゲーム機だったパソコンが、スーパードンキーコング3の攻略情報表示マシンでもあるということに気づきました。

この頃自分の家にインターネット系の固定回線は存在しておらず、友達の家に行って色々なサイト(おもしろフラッシュとか)を巡回していたと思います。

小学四年生になると、友達の家でドナルドの音MADを見て楽しむといった遊びを覚えます。

この音MADに運悪くハマってしまい、それこそ友達の家で遊ばず、ただインターネットでウェブサイトを見るようになってしまいました。

こんなことを少し繰り返していると、転機が訪れました。小学四年生後半あたりで自分の家にインターネットの回線が引かれることになります。

こうして快適なインターネット生活を手に入れた僕は、メールアドレスの概念、アカウントの概念を覚え、ニコニコ動画(夏)というサービスに登録することになります。

これまで友達の家で楽しみながら見ていたインターネットが自分の家でも楽しめるようになってしまいました。

確かこの頃から自分が内気な性格になっていったと思います。

高学年

この頃になると、ゲームの吸出し機というものの存在を知り、誕生日のプレゼントにこーどねーむホンコンという吸出し機(組み立て代行済)を買ってもらいました。

何がしたかったかというと、スーパーマリオワールドの改造です。

ここあたりから自分がネット上で書き込むだけでなく、コテハンでの活動を覚え始めます。

例えば自分のホームページをfc2webで作ってみたり、ニコニコ動画に初めて動画を投稿したり、一番楽しかったのはマリオワールドの改造作品をプレイ、ステージをスレに投稿することだったり、色々なことをした痕跡が今でもネット上に残っています。
とてもつらい

それでも今ここまでプログラミング等に興味を持つことが出来たのは、この頃の行動が一番大きかったかなと思っています。
確かHSPも一瞬だけチョロっと触った覚えがあります。

学校の方はというと、皆勤賞を取るくらいにはちゃんと通学しており、前一緒にインターネットを見てた奴らと一緒になってネット上で何かをして遊んでいた覚えがあります。

中学生

そろそろ自分の陰気さが全力になってきて、スクールカースト問題に大きく当たることになります。

中学二年生の頃には初めて学校に行かない日ができたり、前途したネットが共通の友達にも一瞬嫌われたりと、中々につらい日々が多くなってきます。

それでも高校への推薦をゲットするくらいには学校に通い続けることができていました。

ネット上では、中一あたりで自作のスプライトやオブジェクトを作ってみたり、Twitterアカウントを取得したり、中三あたりで初めて音MADを投稿してみたり、各方面での活動が割りと活発になってきます。
本格的にスーファミのゲーム数本をやりはじめたのもこの頃からだと思います。

あと中学三年生くらいの頃にPythonを始めました。代わりに水泳をやめました。

高校生

一年生

受験なしで入った、一般科の進学校で、入学前のテストで特待を取っていました。

また、中学の頃の陰気さを少しだけ捨てて、コンタクトにしてみたり、だいぶ頑張っていたと思います。

部活も弓道(筋トレが校内で一番きついことで有名)に入ることで、様々なデビューを画策していました。

確か夏休みが終わって少し経った頃から急にそこそこな強さの頭痛が常にするようになり、一ヶ月の間学校を休むことになります。

一回休むと中々復帰することが難しくなり、それが悪循環になってしまい、学校に来る頻度が急激に下がってしまいます。

確か冬休み明けあたりから頭痛も相まってずっと保健室登校、しかし単位のために教室にいるみたいなことを繰り返していたと思います。

とにかく、単位を取ることはできました。

ちなみに家では基本寝ているか、調子のいいときはパソコンで何かをするくらいの生活だったと思います。

二年生

この頃も前年度の最後同様、保健室ベースでの登校が繰り返されました。

GWの前辺りから急に学校に全然行かなくなったり、頭痛とは関係なしに学校に行きたくなくなったりしていました。

ただ単位をとるために授業に出て、テスト期間後には補修を繰り返し行うといった感じの生活をしていたと思います。

冬休み明け、単位もギリギリなところ、急に本当に学校に行きたくなくなり、完全に休むようになりました。

残りの3ヶ月、どう過ごそうかと迷っていたときに出てきた選択肢はこんな感じでした。

  • 留年する
  • 春休み補修でなんとか挽回する(学校の規則的に可能だった)
  • その学校をやめる

春休み補修に関しては、もう勉強する気力というか、学力すらボロボロの状態で追いついても意味がないと判断しました。

自分の心の状態的に、留年するのはとても厳しいということで選択肢から消えました。

残りの通信制高校に転校するというのが最終的に取った選択肢なのですが、1月半ば頃から急に探し始めたので、別の高校に対する知識が全くありませんでした。

近場の通信制高校や、名古屋の通信制高校の説明を聞きに行ったり、色々と探している中、先生から勧められた高校がありました。

その高校はN高等学校です。

家に居ながら、インターネットで授業を聞き、インターネットで課題を進め、インターネットでレポートを提出するという、全てがインターネットで完結するような高校です。

親はずっと家にいてしまうことに危機感を抱いていたのですが、先生が勧めてくれたのは、このN高校のコースの一つにあった、プログラマーズ・ハイレベル・ハイスクール(以下PHH)でした。

このコースは、東京にある教室に通いながら、一年間でプログラミングについて学び、プロを目指すという、中々に狂った目標を掲げたコースでした。

しかし自分も狂っていた上に、もう9教科の学業に対して全くの関心を持つことができなかった上に、「完璧に環境を変えて一から頑張るしかない」という状況に立たせることを親も了承したため、2月中頃になってN高校に編入、このコースに通うことを決めました。

三年生

とても大きなチャンスを貰った僕は、この年度から親元を離れて埼玉の学生寮で生活することになりました(資金面の援助はフルで貰っていた)。

自分の中でも何かに火がついたのか、前年度、前々年度とは違って、一年を通して通うことができていました。

このN高とPHHなのですが、この年から始まった学校、コースなので、どちらにとっても最初の生徒として参加していました。

初年度PHHには24人の生徒が集まったらしく、基本的に関東からの方々が多かったですが、自分と同じ地方からの出身も数多く、クラスの1/4か1/5くらいは親元を離れて暮らしていたんじゃないかなと認識しています。

その中には、一年生、二年生、三年生が混在しており、プログラミングの経験が無い方の方が多いのではないかと認識しています。

第一期生なのにもかかわらず、これだけ多くの人数が集まったのもすごいことだと思います。

PHHで学んだことはというと、最初の一ヶ月は

ノンプログラマのためのJavaScriptはじめの一歩 (WEB+DB PRESS plus)

ノンプログラマのためのJavaScriptはじめの一歩 (WEB+DB PRESS plus)

を最後まで終わらせるなどしていました。

ここでは詳しく書きません。

人間関係についてなのですが、本当にみんないい人ばかりで、最後の日に教室には12人しかいなかったけど僕が知る中で一番仲のいいクラスが出来上がっていたと思っています。本当に全員良い方々ばかりで、本当に助かりました。

このPHHでの生活についてはまた別記事として公開したいなと思っています。

また、自分はこの年から初めて東京に通うようになり、東京で遊ぶことができる人間になりました。

PHHのアシスタント講師の方にクラブイベントを教えてもらい、好きだったクラブミュージックが更に好きになり、自分の許容するジャンルが大幅に広がっていきました。

その他にも、埼玉、東京というのは人が集まっている場所であるため、ネット上の方々と会うことができるようになりました。

中学生の頃からネットで交流してた方とオフで会うことがあり、友達のいない土地で、変に知っている人と友達になるというようなことが数回ありました。

色々な出来事が重なり、関係する全ての方の力を借りた上ですが、この歳で上京した形になり、この事実は自分の人生において確実に大きな影響を与えていると思います。

こんな感じで、自分の学生生活の12年間に一度節目がつきました。

今月からについては2つ前の記事にちょっとだけ詳しく書いてあります、

大学について

色々な方々が言うとおり、大学に行くことがどういうことかはなんとなくですが理解しています。

やはり自称であっても進学校に通っていた自分からすると、大学というものを中々大きく意識してしまいます。

CSか生物学かについて勉強したいところもありますが、これからの4年間を勉学に割けるほどの余裕が作れないと思っており、進学は厳しいだろうと判断しています。

もしかしたら数年で考えが変わるかもしれませんが、恐らく暫くの間は学業から離れたままになると思っています。

お金も必要だし、社会人学生は忙しすぎて死にそうだし、あの人達はよく体がもってるなといつも思う。

おわり

なんというか、小さい頃の一存をずっと引きずった感じがします。それからも数回ターニングポイントがあった感じがします。

でも今はこうなって、とてもとても大きなチャンスに巡り会えました。

この先どうなるかは本当に誰もわからないだろうし、兎に角できることをやっていく他ないだろうし、今はとりあえず、このチャンスを物にするべきだと考え、頑張っています。

プラスに考えれば、まだ18歳だし、何かあっても立ち直ってやるぞ~くらいの気持ちでいるので、今後ともよろしくお願いします。

これまでを振り返れるいい機会になりました。

おしまい

固定回線がないという孤立感

さいしょに

仕事のため、東京で一人暮らしをすることになったので引っ越しました。

それにまつわるゴミみたいな出来事です。

インターネットがない

引っ越したので固定回線がなかったです。

契約したのがだいぶ後だったので、4月はほとんど丸々一ヶ月間ずっと固定回線でのインターネットは楽しめませんでした。

携帯回線の規制に引っかかる

僕はスマホの通信にはIIJmioというドコモ系統のところの回線を契約して使っています。

IIJmioのサービスでは、通信容量がクーポンという形で配布され、それを消費していくというものになっています。

通信容量についてなんですが、専用のアプリで高速通信をON/OFF切り替えることができ、OFFの場合は低速(最大200kbps)になる代わりにクーポンが消費されないという概念があります。
ON時は下り最大225Mbps、上り最大50Mbpsといったところです。

自分の契約しているプランでは、一ヶ月に10GBのクーポンが配布され、弟と僕の二人で共有して使っています。

弟の学校はスマホ禁止なので基本的に外でインターネットを活用せず、ありがたいことに基本的にOFFで生活しているようです。
弟1人で一ヶ月に200MB使うか使わないかといった感じでした。

自分も基本的に外で動画を見るなどの重い使い方はしないので、使っても一ヶ月で7GB使うかどうかといった感じでした。

しかし、今回はちょっと事情が違いました。固定回線がないので、すべての通信をスマホテザリングを介して行う必要がありました。

何が起こったかというと、10GBを全て使い切ってしまいました。

使い切ったのは4/10あたりで、月の半分以上は低速な状態で過ごしていました。

ここからがとても大きな問題でした。

低速時通信規制

皆さんは基本的に三大キャリア(ドコモAUソフトバンク)と契約している方でしょうからわからないと思うのですが、IIJmioのサービスには低速時の通信規制というものが存在しています。

こちらなんですが、IIJmioのクーポンがOFFの状態の通信容量が3日間で366MBに達した場合になってしまう状態のことを指しています。

早い段階でクーポンを使い切ってしまった上にそれでもインターネットに依存していた僕はもちろんこの状態になったわけなんですけど、話に聞いていたよりもひどい状態が続いてしまいました。

速度

詳細な値は公表されていないっぽいのですが、Twitter上の皆様曰く、「最大50kbpsではないか」とのことでした。

しかし、僕の環境は最悪で、

  • 日本のバンド帯に対応しきれいていないsimフリースマホ
  • 窓際でしか通信できない建物に囲まれた建物

であるため、計測したところ、10kbps以上の数値を確認することができませんでした。

基本的に1kbpsとか、800bpsとか。

しかし速度なんてものは待っていればいずれ解決する問題なんですよね。次の問題に進みましょう。

HTTP等のハンドシェイクがまともに行われない

憶測なのですが、HTTP等TCPの上に乗っかっているプロトコルを使った通信が殆どうまくいってませんでした。

基本応答が帰ってこないためにタイムアウトにしかなりませんでした。

何度も何度も再接続を繰り返し、たまにうまくいったような素振りを見せたら永遠放置といった具合で画像などを表示していました。

そんな状態だったのですが、LINEの通話などのSIPのものは全く途切れることもなく通信ができていました。
基本的に仲間内とはLINEのグループ通話等を使って交信しているので、この点ではとんでもなく助かりました。LINEは神

テザリングがまともに動いてくれない

こちらは正直端末の不備を疑うべきかもしれないのですが、端末のテザリング通信が全くうまくいっていませんでした。

こちらは上の問題と被ってしまいますが、もちろんのことpingは殆どがタイムアウトになってしまう状態で、何もできませんでした。

また、仕様なのかもしれないんですが、きちんとしたTCPでの接続ができてないためか、勝手に端末側がテザリングをオフにしてしまいました。

こちらで何度でもトライするのでとにかく繋がってほしかったのですが、とても残念でした。

そんな状態の中で繰り広げられたAndroidOSアップグレード

テザリングがうまく行かなかった件で、もしかしたら端末がおかしいのかもしれないと思い、なんとROMごと焼き直すことにしました。

ROMのダウンロードにおいて、まずは公共無線LANを探していました。

公共無線LANレビュー

スタバ

最悪でした。

普段行かないようなところだったので全然想像がつかず、きっと人は少ないだろうと思っていました。

そんな気持ちで一番近いスタバ(池袋)に行ったらものすごい人で溢れかえっていて、公共無線LANはログインの画面にすらたどり着くことが難しかったです。

帰りました。

東京メトロ

こちらは帰り道に最寄り駅で試していました。

電車から降りた後、ちょっと落ち着いてから接続を開始、ログインしました。

なんとなくいい感じのスピード(500kbps)が出ていたと思います。

そこまではよかったのですが、電車が来た途端に大量の人が訪れ、なんとコネクションが切断されてしまいました。

中断した後に再開することができず、イラっとしてしまって帰りました。

マクドナルド

このときで22:00くらいでした。人がぜんぜんいない空間になっていました。

ちょっと昔と比べて安くなったナゲットを買ってから試したのですが、とても安定していました。

速度の方も東京メトロよりちょっと遅いくらいの速度で、とてもいい人権環境だなと思いました。

そうとは言ってもほかの客はいたので、大体30分くらいで500MBくらいのROMのイメージを落とし終わりました。

脳死ROM焼き

なんとアプリのバックアップを取らずにROM焼きをしました。

なんとなくやっていたゲームのデータが消えました。さようなら。

テザリングは治らなかった

以上

LineageOS 14.1 評価

普通にいいと思いました。

マルチウィンドウみたいなのに最初から対応してるのも(動作的な安定を見て決定されたのかと思うのですが)よかったです。

あとは同じアプリからの通知のまとめ方が天才かな?と思ってしまいました。

イースターエッグはつまらなかったです。そんなことより消えてしまったねこあつめを返せ。

会社に長く居座るようになる

僕が務めている会社なんですが、とてもインターネットの環境が安定している上に早いので、当時の僕にとってとても良い環境でした。

このことに気づいたのが20日くらいでちょっと遅かったですね。

早めに仕事を切り上げてから23:00くらいまでずっと残るような生活を繰り返していたのですが、とても最高でした。人権はとてもいい。いいぞ。よい

ラストラン

最後のあたりに友人が泊まりに来たため、少しだけ電波を拝借してgemのインストールなどしてました。

vagrant up とかやりたかったけど勘弁してやりました。

そんなこんなで、開通日が来たのでインターネットが解禁されました。GWには間に合ってとてもよかったです。

公共無線LANについて

これについてなんですが、運営元が安心できるからって言ってすごく安直に接続していたのですが、よく考えなくてもヤバすぎるものだなと思いました。

まずAPに接続するのですが、適当なhttpリクエストに中間者攻撃することで専用のログインページに飛ばされます。

こちらなんですが、https、そしてHSTSによる強制的なhttpsでの接続を要するサイトが多くなったためにログイン時に警告が出るページが多くなりました。
このような場合にニコニコ動画は神サービスとなるのかなと思いました。

Androidだと「Wi-Fiネットワークにログイン」的な通知が来て、タップすると標準ブラウザで http://www.google.com/gen_204 にアクセスされることによってログインフォームに飛ばされるというワザップを見ることができました。

https://android.googlesource.com/platform/frameworks/base.git/+/master/services/core/java/com/android/server/connectivity/NetworkMonitor.javaandroid.googlesource.com github.com

天才かな?

こんな感じでログインさせるのですが、例えば駅構内に自分でアクセスポイントを設けてプロキシ的な働きをさせることによって何らかのハニーポッド的なことが容易にできてしまうのではないかと思っています。
簡単なところだとAmazonのアソシエイト用タグを自分のものにしたりだとか、全てのサイトのやりとりを全てロギングしたりだとか、いろんなことが思い浮かべられるかなと思います。

https通信の覗き見に関してですが、多分自分の持っているスマホに充分詳しくない人もいるだろうし、適当なタイミングで証明書をインストールさせることとかもできるんじゃないかなと思います。それっぽい画面作って誘導すれば余裕でしょ。

さいごに

インターネットの開設工事は今後の生活を考え、最短で来てもらうように頼みましょう。インターネットがない生活って本当に不便です。何もできなくなります。
僕はなんでもできるようになったので、世界の神になってこようと思います。

学生を終えました

高校生活が終わりました

これまで3年間高校生として生きてきましたが、もう卒業式をして、高校生じゃなくなりました。

一年前、高校二年次までは進学校に入っていたため、「高校が終わったら大学に進学するもの」かと思っていました。

今となっては、いろいろなことがあったため、進学校ではない学校に進学し、来年からは社会人として、社会の人とバチバチのバトルを繰り広げないといけないらしいです。

高校三年生としての一年間は、おそらく二年次時点では全く想像のできないほど濃度の高い、充実した一年間だったと思います。そもそも生き方がだいぶ変わったわけだし当たり前なんですが・・・

高校三年生

僕はこの一年間、ずっと東京に通うような一年間をしていました。
この一年でいろんなことを学び、来年度からはインターネットサムシングな会社で働こうと思っています。

学んだことはインターネットとかプログラミグユとかのことだけじゃなくて、遊び的なこともちょっとだけ含んでるんですが、それはまたいつか自分のためにもまとめたいと思います。

他にも学んだことはあって、例えば一年間は寮で暮らしていたのですが、やはり誰か(例えば家族)と一緒に生活するというのがとんでもなく貴重で、重要だということもなんとなく理解できました。
誰かが生活している音というのは、自分の生活リズムを整える上でとても重要なものでした。

というか、一年間こういう生活させてもらったっていうことが本当に贅沢だったのに、それでもたまに連絡してくれたり、仕送りをくれたりしたり、一言で済ませないくらい感謝の気持ちです。

なんでこんなに自分に尽くしてくれるのか、本当に不思議ですが、それが親なのでしょうか。

ご飯を作ってくれる親は偉大でした。

新しい生活の不安

これから自分は寮生じゃなくて、ほんとに一人暮らしになってしまいます。

ご飯

寮のときは朝と夜のご飯を作ってくれるので、起きることと寝ることを制御すれば他はどうにかなるような生活だったのですが、これからは自分でご飯も作らないといけなくなってしまいます。

自炊とかしたことないので、すごい楽しみなんですけど、絶対めんどくさいだろうなので嫌です。

というかたぶん一日一食が増える。どうにか一日三食やっていきたい。

働き

自炊がめんどくさいのもそうなんですけど、会社で仕事してから家に帰れる自信もそんなにないです。
めっちゃつかれそうだし、すごくつらそうだしめんどくさそう。

でも働くことに関してはお金がたくさんもらえるので、どうせ大変ならそれ以上に頑張って金を大量に生み出したいです。

金がたくさんあったら金の力が使えそうだし、そのうち金で黙らせることを覚えたいなと思っています。

まあどのみち頑張っていろんな力をつけたいです。

自分は恵まれている

きっかけを作ってくれた前の学校の方々、全方面の支援をしてくれた家族、教えてくれた先生方、一緒に高まった生徒の方々、SNSとかで自意識を満たしてくれた方々、いくらでも連ねていくことができるのですが、この一年だけでも大量の人の支援があると実感でき、認識できた一年でした。

これからも僕は頑張っていきます。すべての方に何かの形で恩返しをしていきたい。

a

このくらい意識が高く、気色の悪いポエムが書けるくらいには感謝しています。みなさんありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

朝起きる方法ついて少しだけ

 

おそらく自分は夜型で、ちょっと気を抜くとすぐに寝る時間が後ろ倒しになっていってしまう。

 

長期の休みの時は大体04:00〜05:00くらいに寝始めることが多く、起きる時間は14:00〜15:00くらいで、平均で10時間近く寝てしまう。

長期の休みでないにしても、休日は平日の疲れからなのか、12時間〜13時間くらい寝てしまうことも珍しくない。

しかし、半日寝たとしても、行動する時間はいつもと変わりないのである。

そのため、23時に寝始めて11時に起きたが次に寝る時間は4時になるとか、4時に寝始めて15時に起きたが次に寝る時間は5時になるとか、そんなことで結局月曜日に起きるのは16時でした〜なんてことが繰り返されてしまう。

 

前までは家族がいたため、家の中に響く生活音等のおかげで遅くに寝始めたとしても07:00くらいには起きることができていたのだが、一人暮らしを始めてからは、どうにも自分の眠気に甘えてしまい、そのまま寝過ごしてしまう。

 

そんな感じでいつも朝起きれないのだが、これは基本的によくないことであり、昼型人間の多い社会においては「生活のリズムが崩れている状態」である。

 

例えば、コアタイムのない裁量労働制を取り入れている会社だったら、「昼過ぎ出社して夜遅くに帰る」ような自分のタイプに合わせた生活をおくることができるだろう。

しかし、そんな会社そうそうあるわけもなく、結局は自分が頑張って治すしかない。

 

考えることはたくさんあるが、今回は「遅刻する」ということに絞って考える。これを解決したい。

 

実は、朝、どうにか起きてしまってから行動を開始さえすれば、体は無理にでも活動を開始してくれて、「遅刻する」ことはなくなるのだ。

 

朝起きてればいいのだから、起きる時間が極端に遅くなった日には作業をし続けながら次の朝を待つ、いわゆる「オール」をすることでも解決できる。

大抵何かの作業をしていれば、体は起きようとしてくれるので、行動の質が落ちようともなんとか頑張りをみせることが出来る。しかも、帰ったら眠いのでいい時間に寝始めることが出来る。

自分の場合、オールをしようとすることで何が起こるかというと、出発する前くらいの時間帯で寝始めてしまうのだ。

どうやら自分の体は眠気にとても弱いらしく、眠気があるとすぐに寝てしまう。

 

 

次にどうするかを考えた時、とにかく寝てしまえばいいのだということに気づいた。

夜起き続けてる時というのは、基本的に作業をし続けている時だというのが自分で、本当に何もしなければ、やることがなく寝てしまうのではないか?と考えた。

一日中寝ることができる自分にとっては、この方法も考えられる選択肢の一つなのだろうが、作業は大体楽しいもので、途中で区切るには何らかの強い理由がないといけないだろう。

 

他の選択肢を模索していると、薬に頼るというものが出てきた。

薬は万能で、服用するだけで大体はその効果が現れてくれるが、一方で、薬に頼ってしまうことが悪いことのように思えてしまう筋もある。

自分の場合は、一回リズムを整えれば、その後数日気をつけるだけで昼型のような生活リズムに端正できるらしく、そのきっかけづくりとして薬を服用してしまうくらいだったら、体にもそんなに負担をかけないだろうし、問題が少ないのではないか?と認識している。

実際に今さっき服用した状態なのだが、だいぶ久々の服用であり、もう薬の効果が見え始めているようだ。今日は17時に起きたので、とても都合がいい。

 

僕の中では「薬に頼る」という選択肢は悪いものではなく、それなりに考えれば充分ありえる選択肢だと思っている。

今回はこんな終わり方になってしまうが、この話題については継続して考えていきたい。

フォーンプラグとかいうやつについて

はじめに

使ってたヘッドフォンの左が急に死んだ

急過ぎるし、綺麗に聞こえなくなったので、ヘッドフォンの故障かと不安になったが、ケーブルを変えたらすぐ治った
リケーブル万歳!!!!!

そのときに気づきがあったのでまとめておく

フォーンプラグとかいうやつ

ヘッドフォンは線を変えたら普通に使えるようになったので、気になって調べたときにわかったことをまとめる

フォーンプラグとは

3.5mmとか2.5mmのいつも使ってるような音のケーブルの端子をフォーンプラグと言うらしい

3.5mmのものを「ミニ」、2.5mmのものを「マイクロ」、たまに見るような6.5mmのでかいやつは「標準」と呼ばれるらしい

極について

プラグ部分に入っている黒い横線+1をした数が極の数で、モノラルのものだと黒い横線は1本だけ入っており二極、ステレオだと三極、マイクがついてるやつとかは四極だったりする

それ以上に横線が入ってるものもあるらしい

今回の故障原因は、単純に使っていたケーブルの左担当が断線していただけっぽい

f:id:naari_3:20170107054926j:plain

上が三極で下が四極

四極について

四極のマイクがついてるやつについては、CTIAというものとOMTPというものの二つの規格があり、CTIAが最近の主流らしい

これについて面白いことを見つけたんだけど、例えばリケーブルできるヘッドフォンを使っている場合、CTIAを採用していてそれ自体にマイクがついているようなケーブルがあったら、そのケーブルを使うことで、マイク付きのヘッドフォンみたいな感じになるってことに気づいた

お手軽ヘッドセットの完成だ
リケーブル万歳!!!!!

iPhone買ったときについてくるイヤフォンのマイクみたいなイメージ

AKG-Y55についてきたケーブルがそんなケーブルだった

あと、ちゃんと調べてないんだけど、曲の再生/停止を切り替えたりするボタンがついてるケーブルとかも四極っぽいし、CTIAの規格に準じたものなのかもしれない

以上