音TIP

この記事は音MAD Advent Calendar 2021の18日目の記事です。

adventar.org

概要

最近は音MADにあまり手がつかず、どちらかといえばDTMのような事ばかりやっているんですが*1、今回せっかくこの企画に誘われたので音MADにも手軽に活かせられそうな知見を雑に列挙したいと思います。

原曲に寄り添う形でサンプルを配置することが基本となっている音MADの技法に対し、直接使えるのか怪しいものもありますが、皆様の目に触れることで有効活用されることを期待しています。

尚、ページ内に音声ファイルの埋め込みが多数存在します。それぞれ音量が大きめですので、再生前にご自身のスピーカーの出力を小さめにしておいてください🙏🙏🙏

以下、目安です。

オーディオエフェクトとミックスに寄ったような話

エフェクトをチェーンにする

まず基礎として、エフェクトを重ねがけする「エフェクトチェーン」について考えます。

音作りを根ざしたエフェクト場合、エフェクト一つで劇的に音が改善するようなことはないはずです*2

このアプローチは、何か理想の音を思い浮かべた後に音の役割を分割し、要素ごとにエフェクトを掛けることで理想とのギャップを埋めていきます。

そのためにはエフェクトごとの特徴を知る必要があります。

組み合わせ例: ディストーション と EQ

例えばディストーションなどの音量が大きくなるようなエフェクトを掛ける場合、聞かせたい部分以外の音は真っ先にEQで落としておくと良い結果になりやすいです。これは、使いたい部分以外の音が大きくなると後々の工程で音が切りにくくなるためです。

音割れなどの表現であえて残した方が良い結果が出る場合や、トラック数が控えめなどの理由によりむしろ残しておいた方が良くなる場合もあるので、ケースごとに対応できれば良さそうです。

組み合わせ例: ディストーション と リバーブ

同じように、ディストーションとリバーブの順序関係も考えると面白いです。

ディストーション*3バーブ*4 の場合、単純にディストーションが掛かった素材の音に対してリバーブを掛けますが、

バーブディストーション の場合、リバーブによって得られた残響音に対してもディストーションが掛けられます。

順番によって意味合いが全く変わってきてしまうので、ひとつ考慮出来ると良さそうに思います。

コンプレッサーのサイドチェインについて

コンプレッサーは閾値以上の入力があった際に音量を小さくすることが出来るオーディオエフェクトです。

基本的には同一トラックの音量に対して作用するエフェクトですが、外部のトラックの音量に対して作用するサイドチェインというモードが存在します。

つまり、外部のトラックの音量が大きくなり閾値を超えた時に対象トラックの音量が小さくなります。

こちらを利用することで外部トラックのタイミングで対象のトラックの音量を変えることが出来るため、使いようによっては大変便利なものになります。

よくある例として、キックやスネアをサイドチェインの入力に指定するとキック/スネアが鳴っている間にトラックの音量を抑えることになり、相対的にキック/スネアを目立たせることが出来る、というものがあります。

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① - ② = ③ 伝わるとよいのですが…

以下の例が実物なんですが、キックが鳴っている間だけベースと元ネタの音量が極端に下がっていると思います。

また、音量に対してだけでなく、エフェクトの掛かり具合に対しても同じような指定が出来ます。これについては音MADでの使用例の項で取り上げてみます。

音MAD制作での使用例

音MADの場合も先程挙げた例と同様で、素材のトラックを入力としたサイドチェインを原曲に掛けることで有効的に使えるのではないかと思っています。

REAPERにサイドチェインの対象をエフェクトの掛かり具合にすることが出来る機能があるのですが、これをEQの掛かり具合に当てはめることで「この素材が鳴っている間だけ原曲のこの帯域を小さくする*5」のような挙動が組めます。

方法を紹介すると以下の通りです。

  1. 素材のあるトラックから原曲のトラックにセンドするルーティングを設定しておく
  2. 原曲トラックにEQを挿入し、動かしたい帯域をへこませておく
  3. EQのゲインをクリックしておき、上部にある パラメータ から パラメータモジュレーション/リンク を選択
  4. パラメータモジュレーション有効下、基準値設定 をオンにし、音声信号制御(サイドチェイン) をオンにする
  5. トラックの音声チャンネル に先程センドしてきたチャンネルを選択し、各種パラメーターを調整する

これでお手持ちの好きなEQがサイドチェインをトリガーに動くようになりました。

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Pro-Q3付属のダイナミックEQの機能を使わずしてダイナミックEQを実現する

音MAD制作でさらに手を抜くために使う

例えば音MAD制作の際、原曲やその他のトラックからキックやスネアが鳴っている間だけ音量を下げたいが、キックやスネアの音は作りたくない!という場合には、次のような手が取れます*6

  1. 原曲のキック/スネアのタイミングをMIDIに書き起こす
  2. 任意の素材(キック/スネアのような音)を読み込ませたサンプラーを用意する
  3. サンプラーのトラックをミュートにする*7
    1. の音をサイドチェイン(音量/EQ)のトリガーに設定する

この手順によって、原曲のキック/スネアのタイミングで音量が小さくなるサイドチェインが実現出来ます。これを各素材のトラックに置くことにより、原曲のキック/スネアが相対的に浮き出る形になるため、その良さを活かしつつ音MADの制作が出来るという点がとても大きく感じています。

原曲の音を残しつつ、音MADの良さを書き加えることが出来ます。

参考

www.ableton.com

www.ableton.com

帯域ごとの聞こえ方の表

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周波数帯ごとの音の特色について*8

音の鳴っている周波数帯というものがあります。各種EQの裏にあるアナライザーなどを見ている方は、この帯域はこんな音で~という知見を感覚として身につけていると思いますが、このようにチャートの形式でまとめてくれているサイトがいくつか存在します。

これを見ながらEQを操作してみて、音がどのように変化するか?を体験してみると感覚がさらに身につきやすくなると思います。

今回はこの音を例にして少しだけ弄ってみましょう。

Low Mids (125 ~ 500hz)を持ち上げてみると、次のようになります。

チャートではここを持ち上げると "Muddy"「ドロのよう」と表現していますが、低音が大きくなった分少し重めな印象を受けられるようになったかと思います。

次に、High End (8khz ~)を持ち上げてみると、次のようになります。

チャートではここを持ち上げると "Fatiguing"「つかれる」と表現していますが、確かに声に多少の刺々しさが加わり、ノイズ感が強く感じられるようになったかと思います。

チャートではどちらも悪い言葉を使用していますが、これはあくまで音楽的なMIXを志した場合の話であり、音MADの場合だと素材単体であればむしろプラスな聞こえ方になることもあります。前者の例は存在感が増す音になりましたし、後者の例は他パートよりも声が浮きやすくなるでしょう。音MAD的なボーカル処理として考えればアリな加工だと思います。

上記の画像は僕が好きだったコミュニティのものなので、情報や語彙に偏りがあるかもしれません。
別のコミュニティで作成された同類の画像も多々あります。「frequency spectrum chart」で検索すると複数ヒットしますので是非ともご確認あれ。

例としてもう一つだけ挙げると、以下のページはマウスカーソルを合わせることで各帯域、楽器ごとの特性を表示してくれます。特に楽器ごとの特性についてはYTPMV的な音作りをする方にとっては重宝するものなのではないかと思います。

alexiy.nl

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個別のオーディオエフェクトとか音作り関連の話

エフェクトの概要を知りそれぞれの特色を掴むことで、より目的の音に近い結果を得やすくなるはずです。

LRチャンネルどちらか片方の位相を反転させることによる音声のステレオ化

音源についてステレオな音が欲しい場合、例えば iZotope Imager を始めとしたステレオイメージャー系エフェクトやコーラス系エフェクトを使う場合を見かけるかと思います。

これはお手軽に広げることが出来る一方、性質上どうしても音像がボヤけてしまいがちで、その後のエフェクトチェーンで雑に音量を上げる等で解決してしまう場合があります。

そんな場合の狭い範囲での対応手法としてこの手法があります。

チャンネルLRのうち片方を位相反転させることで真ん中で鳴る音を打ち消すことが出来ます。

REAPERの場合、トラックに JS: Stereo Channel Volume/Pan/Polarity Control を刺し、LかRチャンネルのどちらかを Invert にすることで達成できます。

音としては次のようになります。

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真ん中の成分が全くない図

音MAD界隈に近い例としては2号兄貴の柴又ボッサのベースが該当しそうです。

www.nicovideo.jp

特徴として、わかりやすく左右に分かれる音像と、他種類の(例えばコーラス等)のようなぼやけたステレオ化と違う聞こえ方をしてくれます。とてもお手軽なので是非。

Convolution ReverbとIRの話

Convolution Reverbというリバーブのためのエフェクトが存在します。こちらは通常のリバーブとは違い、 Impulse Response というデータを使用して残響を作成します。

このデータは単一の音に対してどのように変化が現れるか?というのを記録したファイル(基本はwavの音源)になっており、狙った音に対してその残響と同じような結果を作成することが出来ます。

つまり、本物にとても近い残響を得ることが出来るのです!

例えばPS1のリバーブチップから得られたIRを使用することで、

shirobon.bandcamp.com (こちらの1~4トラック、末尾に IR とあるものが該当)

さながらPS1実機のようなリバーブを掛けることが出来ます。

性質上、細かな調整は出来ないことが多いのですが、場合によっては通常のリバーブのパラメータをこねくりまわすより手軽に理想的なリバーブを得ることが出来るかもしれません。

さて、REAPERにはReaVerbというとても普通のリバーブのような名前のエフェクトがあるのですが、実はこれ自体がConvolution Reverbなのです!

使い方もシンプルで、トラックにReaVerbを挿入したあと Impluse response generation の欄に好きなIRのwavファイルをドラッグ&ドロップすることで利用可能です。

色々な音をIRとして使ってみる

また、IRは基本的にwavであるという特性を活かし、任意の音をIRとして利用する例があります。

例えば次のようなコードスタブをIRとして使用すると、まるでボコーダーを通したような音になります。

ホワイトノイズだと、とても細かい単位で声が繰り返され、それ自体がノイズのような音になります。

バイオリンのような長いストリングだと、ストリングの音に多少引きずられながら声が広く響きます。

クラップだと元々の形がIRと似ているだけあり、使いやすそうな残響感を与えてくれます。

ものによっては小回りが効かせにくい場合もありますが、ひとつの特徴的な音を用意したい場合に有用かもしれません。

それ以外のエフェクトについて自分で試すときに心がけると良さそうなこと

新しく手に入れたエフェクトについて、一度自分で試してどのような効果を持つか体験しておくと候補として捉えやすいと思います。

その際、純粋に素材にエフェクトを掛けて耳で変化を確認する以外にも、平坦なホワイトノイズに対してエフェクトを掛け、スペクトラムアナライザーを見ることでどのような変化があるのかを視覚的に確認することが出来ます。

新しいエフェクトを導入した際、変化が全くわからない時 や 何か変わっているのはわかるが言語化しにくい といった場合に有効な手段です。

注意するべき点として、もし対象のエフェクトが基音や倍音に対して明示的に機能を掛けるような場合、ノイズだと基音がわかりにくくなってしまうのでサイン波やノコギリ波が良いと思います。

やってみる

今回はREAPERで以下を準備してみます。

  • ホワイトノイズ: JS: White Noise Generator
  • 確認対象のエフェクト: Sondtoys Radiator
    • f:id:naari_3:20211216010908p:plain
      Radiator
    • 掛けると音にチューブ的な厚みを得られる
    • Altec 1567Aという真空管アンプのシミュレーターとして位置づけられているらしい
    • 確認対象のパラメータ: MIC/LINE MICとLINEの違いを確認する
  • スペクトラムアナライザー: SPAN

ちなみに音で聞くとこんな感じですが、あまり違いが分かりませんでした(;_;)

まずはホワイトノイズ単体が鳴っている時のスペクトラムアナライザーを見てみます。具体的にはエフェクトのDry/Wetノブを0%にしています。

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見事な平坦

次に、MIC/LINEスイッチがMICになっていることを確認し、Dry/Wetノブを100%に近づけていきます。

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MICでDryからWetに

最後に、MIC/LINEスイッチがLINEになっている状態で同じことをもう一度試してみます。

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DryからWetに

この結果から分かりそうなこととして以下が挙げられます。

  • MIC/LINE両方で15Kあたりからローパスが掛けられている
  • MIC/LINE両方で100hz以下が持ち上げられている?
  • MICの場合は100hz ~ 200hzあたりが抑えられる
  • LINEの場合は15K以降のローパスにレゾナンスが発生する

今回の場合、耳で聞いた時の変化としてLINE入力のほうが高音がうるさいことだけ分かっていたのですが、もう少し詳細に変化を知れるようになりました。

ドキュメントも読んでみる(蛇足)

今回は時間があったので、実際にドキュメントでMIC/LINEの違いを確認してみます。

曰く、模造元のAltec 1567Aはインピーダンスに依存してレスポンスが大きく異なるようで、マイクとラインそれぞれでよく使われているインピーダンス(150Ωと600Ω)を模したモードだということらしいです。

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Mic/Line Frequency Response*9

今回はドキュメントまで確認してみましたが、ドキュメントというのは常に読みにくく、あまり手が出しやすいものではない気がしています。今回提示した確認方法はそういった場合に良い塩梅の確認方法として役立つのではないでしょうか。

WAVESの高いバンドルを積極的に買う理由はあんまりない気がしている事とその理由

この項目の導入はあえて割愛します!

WAVESプラグインはそもそも機能自体が飛び抜けているようなものではありません。

それぞれのエフェクトはシンプルでわかりやすい機能と名前を有していることが特徴です。それにより、様々なスタジオにも導入されているそうです。

逆に言えば良さはそれだけで、機能自体が飛び抜けているわけでもなく、新しさがあるわけでもありません。

そのため、一番最初の駆け出しで何を買えばよいか分からない!という場合に購入するのが良いのではないかと思います。それ以外の場合はあまりおすすめ出来ません。

また、最近のVSTWAVESプラグインのような最低限の機能に加え、各社各プラグインごとに強い特色が出ていることが多いです。選ぶのであればそのようなものが良いでしょう。

いくつかおすすめを紹介します。

Melda Production MFreeFXBundle

www.meldaproduction.com

無料のバンドルなのですが、最初に必要そうな機能はおおよそ入っている上、特徴的な音作りのためにも使える素晴らしいバンドルです。

個人的には MSaturatorMWaveShaperMWaveFolderMRecorder をよく使っています。

注意点として、インストーラー経由で各プラグインをインストールする際に無料でない範囲のプラグインもインストール出来ます。こちらはデモバージョンとしてDAW上で使用可能なのですが、制約として一定時間ごとにホワイトノイズの音だけを流すようになります。知らずにMReverbなどを使用していると、「何故か知らないがホワイトノイズだけの音が聞こえる」といった事になりかねないので注意しましょう。

また、GUIに少しだけ癖があるので、その部分は慣れが必要かもしれません。

KiloHearts Toolbox

kilohearts.com

KiloHearts社のプラグインバンドルです。無料のものもありますが、有料のものが望ましそうです。セール時をうまく狙って購入してみてください。

GUIがとてもシンプルでわかりやすく、視認性もかなり良いです。また、KiloHeartsのプラグインをさらに連携させるためのプラグインが存在し、こちらを使うことで手軽に帯域毎のエフェクト分離などが行えます。

Soundtoys

www.soundtoys.com

Soundtoys社のプラグインバンドルです。

それ自体が古いハードウェアのシミュレーション+αであることが多く、結果的にアナログ感のある色付けになるようなプラグインが多いです。

アナログ感というのがとても良く作用するのか、掛けるだけでそのまま音の分厚さに繋がることも多く、個人的に大変重宝しています。

ReaPack JSFXたち

reapack.com

ReaPackとは、大まかに言ってしまえばエフェクトやスクリプトの集合である、リポジトリを一元管理するためのいわゆるパッケージマネージャーです。

世界中に公開されているリポジトリをインポートするだけで大量のエフェクトやスクリプトをインストールできます。欲しい機能の名前が最初から分かっているのであれば、もしかしたら検索するだけでそれ相当のJSFXが見つかるかもしれません!!!

中にはとても優秀で、他社で製品として出されているプラグインと同等の機能を持つものも存在します。かつ、基本的にほとんどが無料なので、積極的に導入するのが良さそうです。本当に凄いです。

難点としては、性質上どうしてもVSTよりも重くなってしまう傾向にあるため、同一プロジェクト内で大量に使う場合はマシンリソースの消費の面で厳しくなってしまうかもしれないという点です。しかし、デメリットを上回るメリットはあると思うので、まだ導入されていない方がいれば導入してみるのもアリかもしれません。無料です!

さいごに

僕個人の音MADの楽しみ方のひとつに「ノリの良さ」というものがあります。ノリの良さを増幅させてくれる要因の一つとして「より良いMIX」があると思っています。とはいえ、コンテキストがその大部分を占める音MADにとって、今回挙げた諸々の話は本質とは逸れた部分の話だと思っています。

なので、もし音MADを作成する際に余力があったのなら、その時は是非ともこの記事のような部分にも何かを注ぎ込んで頂けるととても嬉しいです。

以上です。よろしくお願い致します。

ふろく

元々アドベントカレンダーに向けて書こうとしてたストックを全部書いたので、それぞれ独立させて別の記事にしました。よければ合わせて読んでみてください。

naari.hatenablog.com

naari.hatenablog.com

*1:こちらも最近はあまり手がつけられていません(;_;)

*2:Ozone等のオールインワン系のエフェクターは除きます。あれに至っては内部に独自のエフェクトチェーンが実装されていますし…

*3:iZotope Trash2

*4:Khz Reverb

*5:簡単に言えばダイナミックEQ

*6:パーカスの音作りは難しい

*7:REAPERの場合、ミュートにしたトラックからサイドチェインで使うための入力を受け取るには Pre-Fader で送信すると良さそうです

*8:https://www.reddit.com/r/edmproduction/comments/3gc0tf/i_just_found_this_awesome_frequency_spectrum/

*9:引用元: ドキュメント p. 6